死にそびれた話
今日の話
突然頭をぶん殴られたような感覚。
訳も分からず涙。笑える。
「やってもらった事を返せるように」
そう言われて、それ以上でも以下でもない感情で取り組んでる。いや、それ以下かも。
心がギリギリ痛む中、90分も掛けて文を考えて、やっとの思いでLineした。
何も決まっていない。正直私にやる気はない。ワクワクもしていない。順調に過去否定コースを突っ走ってる。
なぜか涙が出てきた(笑)ので落ち着くまで教室とトイレで心臓バクバクしながらぼーっとしてた。しばらくしてようやく帰る元気が回復したのでバス停へ。バスに乗り込んで、クロッキー帳に状況整理のために思ってることを書き出してみた。最終的に「死にたい」しか書けなくなって、一瞬でクロッキー帳がデスノートになった。
そこからバスに乗ってる20分間、「死にたいレベル」がぐんぐん上がっていった。なんていうか、「あー、イケるな」って思った。
実は高3の時に実験したことがある。その時も死んじゃいたい気持ちと行動力が一致してた。方法は書かないけど、全く苦しまずに気絶までできた。立った状態で気絶したもんだから、気がついたときにはどっかにぶつけて頭にはコブができてたし、唇も切れてた。
倒れた音に驚いて、母が様子を見に来たけれど、「貧血かも」なんて言ってごまかした。もしかしたら私が何しようとしてたかわかってたかも。どうだろう?
それで「あ、死ねるじゃん」って、「やろうと思えばイケるじゃん」って思った。
ただ、バスに乗ってる間は(私が考えてる方法では)何もできないから、Googleで「死にたい」って検索してみた。「検索」っていうか、twitterにポストするのも何だかなぁということで、検索エンジンに打ってみた。まさにこの記事の通り。
このサイトにたどり着く前にも、いくつかのサイトを出てきた順に読んでみた。
全部さらっとしか読んでないのだけど、そうこうしてる内に「死にたいレベル」が下がってった。本当にこの内容みたいに、文章を読んでる間にタイミングを逃した。死にそびれた。
死ぬタイミングを逃した私は、なんだかふわふわした気持ちのまま帰宅。帰っても、タイミングは逃したものの、死ぬことへの興味はまだ消えなてなかった私は、懲りることなく死に方を検索してた。知ってるんだけどね。
そうやって今日は、なんとなくスマホいじって文字を追ってる内に、死にそびれた。
映画の話
今回は
「何回も見た」というよりも、
「何回も聞いた」映画の話。
ちょっと前まで課題とバイトでいっぱいいっぱいな生活をしてた。多分これからまたそんな生活が始まるんだけど。
そんな時にずっと見てたのが
作業用BGMならぬ作業用映画。
深夜。
誰もいないリビングで作業をする。
音量を「5」くらいまで下げたテレビから
「フリースタイルダンジョン」の音が聞こえてくる。
ラップには興味がないがなんとなくつけておく。「TOKYOTRIBE」はラップミュージカル映画らしい。「らしい」というかまさにという感じ。セリフがほとんどラップ。
そもそもラップへの関心度といえば、
深夜に「フリースタイルダンジョン」がやっていればそのまま流しておく程度のもの。
なのになんで「TOKYOTRIBE」を見ようと思ったんだっけかな。エログロが見たくて映画を見ることはあるけど今回はそうじゃない。
あー、そうそう。
私、今とても山田孝之さんが好きなんですよ。
んで、山田孝之さんって「TOKYOTRIBE」に出てそうだなって思って。出てなかったんだけどね。
結果1日に1回くらいのペースで見てる。
現在進行形。何がいいって、ラップのこと詳しくないけど楽しい。言葉がリズムを持ってるのか、リズムに言葉をのせてるのか…よくわかんないけど音が気持ちいいし楽しい。
洗濯物の話
あー。すごい。
洗濯物がたまってる。
恥ずかしながら実家暮らしなもので、
洗濯といっても私の言う「洗濯」は、洗濯物を洗面所の洗濯カゴに入れるところまでで終わり。そのあとは母がやってくれる。ありがたい。
今、スケジュールの管理ミスで課題がすごいことになってる。焦る。焦ってるくせに文章書いてる。書きたいからね。しょうがないね。
こんな感じで色々追われていっぱいいっぱいになってると生活が雑になる。
いやほんと、引くと思うけどまず洗濯カゴに洗濯物を入れることができない。自分でも信じられない。しかもその原因をもう少し掘り下げると、「毎日お風呂に入れない」から。
切羽詰まれば詰まるほど、ぼーっとして何もしない時間が増える。いつの間にか日付が変わる…お風呂に入るのがめんどくさくなる…。自分でもうわぁ…って感じ。
さらに最悪なことに部屋も荒れる。お風呂に入るのが面倒になって、とりあえず寝るために自室で着替える。そうすると自分の部屋にその日着てた服がどんどん溜まっていく…。
今少なくとも2日分くらいの服が脱ぎ散らかしてある。最悪だ。
のりものの話
「私の体はただののりもの。」
そう考えるだけで随分生きるのが楽になった。
なんとなくずっと、小学生くらいの時から、
自分の容姿に自信がない。
いつもバカにされてる気がする。
とんだ被害妄想野郎。
容姿に自信がないから、
オシャレするのが恥ずかしかった。
「似合わないくせに流行りの服着てるw」
って思われたくなかった。
ただ。「私」と「体」は別々で、
体はのりものの役割だって思うと…
自転車・バイク・車とかを、
メンテナンスしたり改造したりするのと同じなのでは?って考えられる。
ムダ毛の処理とかね、これ、メンテナンスだからね。
オシャレも、Macにステッカー貼るのと同じ。
どうせなら自分好みで可愛い方がいいよねって感覚。
だから、まぁ、たとえバカにされたとしても、
「いや、必要なことなので」
って割り切れるような気がする。
気がするだけなんだけどね。